兵庫県立海洋体育館から、電話がかかってきたのは2001年の5月だ。
大阪北港でアクセスディンギーを見た芦屋海洋体育館の職員の人からの電話だった。
一度、海洋体育館に持って来てほしい、導入を検討したいから、海洋体育館のみんなに乗ってもらいたい。
その時、アクセスディンギーを持って行き、大路館長はじめ皆さんにアクセスディンギーの体験をしてもらった。
この海洋体育館が使っている水面は、外海と繋がっているが完全な入り江で、大きな船の通る心配のない最もアクセスディンギーのセーリングにて適した場所と言える。
大路館長に、是非ここで、今までセーリングに関心のなかった、あるいは障害のためにできなかった人たちに、セーリングをはじめてほしいものです、と率直な感想を言った。
「実は、私は職員の皆さんから何度かヨットを始めるように言われていたのですが、一人でヨットで帆走したのは今日が初めてなんです。
楽しいものですね!」
喜んで言われていたのが忘れられません。
最初のcontact
グラームと私は梅田の第一ビルに差し掛かった時、テレビにすごいスピードでヨットが帆走しているのが眼にとまった。
グラームは中に入っていって、一人で店番をしている青年と話を始めた。
ビデオに写っているのは、スピードが出ると空中に浮いて帆走するアメリカ製のトリマランですごいスピーの出そうなボートだった、しかし、それは自分にはあまり興味の持てる物でなかった。
それが最初の油井さんとの出会いだった。
彼を通じて芦屋海洋体育館にアクセスディンギーに関心のあるひとが多くいると知ったのはそのときだった。