プラン



その後、暫く海洋センターからの連絡は途絶えてしまったが、油井さんや、大阪北港ヨットハーバーの奥田さん【ハーバーマスター】から、芦屋がアクセスディンギーについて勉強していて、いろんなプランを考えている事を知った。
そのころ、私達は既に活動の中心を東京に移してしまっていて、自由に芦屋まで行く事が出来なかった。
阪神高速、臨海線から神戸に行くときには、芦屋海洋体育館の水面が見えるので通る度に(そんなにあるわけではないが)この水面でたくさんのアクセスディンギーが浮かんで、たくさんの人が楽しむ事ができればどんなに素晴らしいか、と思ったものだ。
自由に帆走できる広さと、波の静かな事の条件が備わり、しかも、優秀なスタッフや設備も完璧にそろっていて、ここで体験会を始める事ができたら、新しくセーリングのスポーツに多くの人が、関心を持てることか、おそらく、芦屋のスタッフの皆さんも同じように感じられていたのだろうと察する事しか出来なかった。
芦屋の方から導入について言われたのはその年の暮れだったと思う。

体育館に、大路所長を訪ねて見ると、留守で深海副所長(当時)が出てこられた。