2月会

東京に来て雛元さんの所にボートを置くようになった2001年10月、セイラビリティ埼玉の雛元さんの紹介で、黒水恒夫さんと知り合う事になった、黒水さんと雛元さんは同じ京都大学卒業で、連絡を取ることが出来たと言ってくれた。黒水さんは南極探検で有名な西堀さんと懇意だったという事で、西堀さんのヨットを預かり管理していて、西堀さんの教えを直接受けている。現在は社会教育教会の理事長をしているというヨットマンだ。雛元さんのところでアクセスディンギーを見て、教育的可能性を見出したという、そして活動普及に役立つだろうといろんな人を紹介してくれた。
黒水さんが加わっている東京のヨットマンたちの集まりに、「二月会」と言う集まりがある。関東の主な大学のOBの人達が付きに一度集まって、意勉強会や、自分達の活動の報告などをしているという。それに私を連れて行っていろんな人を紹介してやろうといってくれた。
11月の会合の前に資料渡しに行くと君も一緒に行けばどうかと言われて、資料を持って一緒にパーティに参加することにした。
しかし、何時ものことだが、ビデオを写すだけではなかなか理解してもらうことは難しい。
黒水さんからの提案もあって、一層のことアクセスディンギーヲ持ってきて展示してはどうかと言う話になった。
しかし、「二月会」の会場は新橋の「ニュー東京」の9階で行われて、ニュー東京のマネージャーの小川さんは、エレベーターに入らなければ階段を一緒にあげてみますと言ってくれた。
しかし、実際持ってゆかなくては、エレベーターに入るのかどうかは、判断が付かなかった。

確か始まるのは夕方のはずだったが、それではお客のいる時にエレベーターでその様なものを運ぶのは気が引ける。
時間を見計らって前日お客のいないすいていて迷惑のかからない時に運び込むようにした。
マストは残念ながら、エレベーターに出運ぶ事は出来なかったが、小川さんや若い職員の人達に手伝ってもらって、漸く入れることが出来た。

実は、この会合に出展して何の効果があるのだろうかと疑念を抱いていた。
ヨットのベテランの集まりにヨットの事を殆ど知らない人たちが、乗るアクセスディンギーを見てもらっても私自身は期待しないようにしている。
そんな会合には当然、私よりもヨットに詳しい人の方が多いわけで、なんだかわからない質問をしてきて、終わってみると自慢話を聞きに来た様に感じるものだ。
悪くすると酒の肴にされる事がある。そうなると不愉快になるのであんまり話をしないようにしている。
つまりヨットマンたちの集まりには、アクセスディンギーは品評の対象になるだけのことが多い。
やっぱり全体的にはそんなムードが漂ってくる。
しかし、一月前のPRの効果と物珍しさもあり、殆どのオールドセーラーが関心を持ってくれた。そこには関東の大学ヨットクラブOBの人達が沢山やってきていて、ディンギーの活動関係の人達も随分いたようだ。
其の時に、私はオーストラリアの活動を紹介したビデオを持っていっていた。会場で其の様子を見てもらった。
なかなか、話をするだけでは理解してもらう事は難しい。
江ノ島ヨットクラブの松本さんが私の前に現れてビデオを分けてくれといってくれた。
勿論わたしたいのだが、何しろビデオのコピーをすると1本あたり1000円のコストがかかる。(弱小のNPOには、無料で渡すことには限度がある。)
ビデオをいろんな人に渡したいが、其の資金の事を考えると、大抵渡しただけでその後音沙汰なしの場合が多く、何処か荷物入れの片隅で、朽ち果てるので亜はと思うと何時しか無料で渡さなくなっていた。
お金を払ってまで欲しいという人があれば少なくとも大切にしてくれるという子尾tも会って、有料にしている。
江ノ島ヨットクラブの松本さんが私の前に現れてビデオを分けてくれといってくれた。そして、私が手に江ノ島ヨットクラブの松本さんが私の前に現れてビデオを分けてくれといってくれた。手に持っていた残っていた1本のビデオともう一本別に送るように言ってくれ、お金を払ってくれた。

二月会と言うなんだか偉そうな人達が集まっていて、緊張していた私には、松本さんにはたして親しく物を言っても良いのかどうか判らなかった。
事大主義と言う言葉があるが、東京に来て、いろんな組織の人に会えば会うほど、事大主義的な人がおおいという印象を持っていた私にはすぐに松本さんの人柄を理解する事が出来なかった。
ビデオテープを送ってから暫く会うことはなかった。どの様に接触すれば良いのかわからなかったからだ。

松本さんがアクセスディンギーに本当に興味を持っているとS財団の人から聞いて電話をしたのは随分時間が過ぎてからだったと思う。
当時、私達は、数回だけだったが江ノ島で体験会を行っていた。2002年の一月には日大の佐々木君が連れてきた「豆の木」のボランティアを対象にした体験会をしていた。
松本さんは、アクセスディンギーの実物を江ノ島の人達に見てもらいたいと、主だった人達が集まるオリンピックの:キャンペーン(?)「フラッグリレー」にアクセスディンギーを持ってきて、見せたいという提案をしてくれた。
私達にとっては、断る理由は無い、私達は車に積んで持って行った。集まった人達にアクセスディンギーを、江ノ島でアクセスディンギーの活動を始めたいと模索しているといってくれた事には今でも感謝している。
私達はそのとき初めて江ノ島でアクセスディンギーの活動が出来るのではと、真面目に考えた。