漁港におけるコミュニティ活動への提案

 



セイラビリティジャパン

 

西井伸嘉

 


前書

 

日本人は海に囲まれているという地理的条件の下にいて、古くから食料に限らず生活の中で海の影響を受けて生きてきたという歴史を持っています。

しかし、現代、多くの国民の生活から自然、特に海と接する機会が少なくなってきたと、論じる人たちがいます。

また、近代産業の中でも、戦後の産業成長の基盤となってきた、造船業、海運業、それに漁業など海にかかわりを持つ産業が、総体振るわなくなってきました。

 

特に、漁業は、海からの幸を食料とする習慣をもつ日本人としては、将来に渡り食料の確保と言う意味もあり、現在漁業の抱えている問題を何とか解決する方向に向かっていって欲しいというのは、多くの国民の願ともいえます。

 

●漁港・漁業で指摘されている問題点

 

l         漁業就業人口の減少と高齢化

 

13年の漁業就業者数は、前年に比べ3%減少し252千人となりました。このうち、男子漁業就業者21万人について年齢階層別にみると、65歳以上の高齢者の割合は、2ポイント増加して34%となり、高齢化が一層進行しました。(14年度白書)

 

 

l         漁業収入の低迷

 

  漁船漁家の13年の収支状況は、漁業収入が1漁家当たりの漁獲量の増加により前年に比べ10%増加し、516万円となりました。一方、漁業支出は、油費、販売手数料等が増加したため、前年に比べ5%増加し、290万円となりました。この結果、漁業所得は前年より16%増加し226万円となりました。しかしながら、同じ沿岸漁船漁家であっても、その経営内容は、資源状態の違い等から海域ごとに大きく異なっており、北海道区の漁業所得342万円から、東シナ海区の漁業所得163万円までの開きがあります。

(14年白書)

 

l         零細漁業からの脱皮

 

13年の海面漁業の漁業経営体数は、前年に比べ3%減少し14万2千。そのうち、沿岸漁業経営体が13万4千、中小漁業経営体が7千、大規模漁業経営体が124。(13年白書)

 

漁業権をめぐる隣接漁協との感情的対立や漁協間の財務格差などが障害となり、153月現在の漁協数は約1,600と、漁協系統組織が5年前(10年度)に策定した14年度末に約700漁協にする計画とは大きくかけ離れた現状となっています。(14年白書)

 

     必要なコミュニティ

 

これらの主な問題の解決のためには、漁業と言う狭い領域でのコミュニティではなく、地域全体、産業界全体を巻き込む事の出来る、ユニバーサル[1]なコミュニティが必要になってきます。

 

高齢化

 

漁業就業者の高齢化は、後継者の不足を招き、強いては漁業が成り立たなくなってしまう事にもなりかねません。早急に解決策が必要な深刻な問題です。

又地域社会についても漁業の衰退は、地方での働く場所の喪失につながってしまい、益々漁港のある地方都市の過疎化を進めてしまいます。

世代間にある壁を取り除くために、世代間にまたがるコミュニティが必要です、そこに女性や子供たちが含まれていなくてなりません。

社会に存在する全ての人たちを含むコミュニティの確立は早急に始めなくてはなりません。

 

漁業収入の低迷

 

流通の合理化と共に、一方では漁港で都市との交流を持ったコミュニティを持つ必要があります。大都市に住む人たちを漁港のある地方に誘うためのコミュニティが必要になります。流通機構に頼らないで、漁港で鮮度の高い魚を大都市に供給する最も確実な手段は、大都市の人たちを、漁港のある地方に連れてくることです。このためには都市と漁港の橋渡しをしてくれるコミュニティの存在が、なければ進んでゆきません。

遠いところから叫んで、都会の人たちに興味を持ってもらうには不十分です。

都会の人が、憧れる魅力を持ったコミュニティの構築が早急に必要です。

 

 

零細漁業からの脱皮

 

狭い地域にとどまらない、より広い地域との連繋が現在必要になっています。

しかも、それは日本全体に止まらず外国にも通じている、グローバルスタンダードなコミュニティであれば効果的です。

そうでないと、大都会の市場である人たちに魅力を持ってもらうことは出来ません。地域に根ざしていながら、都会の人たちを組み込むのにライバルの海外観光地と 逆に連繋すれば、世界に通じるコミュニティになります。

地域の経済発展の基盤

 

漁港は漁村住民の生活基盤としての役割を果たしていますが、同じく漁港の周りの部分との関係を深めてゆくこと、周辺と共同のコミュニティを構築する事により、生活基盤としての漁港の役割を果たす事が出来ると考えられるのです。

 

漁村住民の喜び

 

漁港でのコミュニティの目的は、まず漁村住民自身が喜んで参加できるものでなくてはなりません。当事者である住民自身が、コミュニティによる喜びを持たなくては、市場である都会の人たちをひきつけることは難しいのです。コミュニティは漁港の中で漁村住民が、喜んで同時に誇りに思える活動でなければ、そのコミュニティ活動が続くわけがありません。

 

     セイラビリティ[2]・アクセスディンギーによるコミュニティの構築

 

セイラビリティ

 

オーストラリア製のユニバーサルデザインの小型ヨット(別紙参照)アクセスディンギーを使ったセイラビリティの活動(プログラム)による漁港でのコミュニティの構築を提案します。

l         セイラビリティの普及

 

セイラビリティの目的は、日本全国に、アクセスディンギーを使った小さなコミュニティのグループを作っていくことです。年齢、障害、財政的な理由などに関係なく、誰もが自由に水上での自由な気分と自信を持てるようなコミュニティを作ることです。

セーリング(ヨットによる帆走)は、コミュニティの人たちの気綱を強める事が容易にでき、自分でヨットを操船することにより夫々が社会に参画する自信と独立心を持つことが出来ます。

アクセスディンギーによるセーリング・プログラムは、経験していただいた殆ど全員に、支持して頂き、リピーターになっていただいています。

 

セイラビリティの活動を始める事の利点

 

漁港でアクセスディンギーのプログラムを始めるために、新たな設備を加える必要は殆どありません。アクセスディンギーへの乗り降りに必要な小さな浮き桟橋とそこに行くための通路があれば、すぐにアクセスディンギーを使ったプログラムを始める事が出来ます。

経済的な負担が少ない事から、自分達の力だけで作り上げる事が可能です。

このプログラムは、既にオーストラリア、英国、米国、仏、ニュージーランド、シンガポールなどその他ヨーロッパ各国で支持をされている活動で、男女に関わらず多くの障害者、高齢者、子供達が参加しています。

 

高齢者の参加

 

漁村住民の高齢者の方たちが参加できるマリンスポーツは 非常にかぎられていて、漁業に携わる以外に高齢者が漁港で喜びを見つけることは、難しい状態です。

漁港で、セイラビリティの活動が始まりますと、漁村住民の高齢者の方たち誰もが参加してもらえるのと同時に海での豊富な経験と知識は、地域社会の子供達や障害を持っている方たちの交流に止まらず、地域社会に貢献できる喜びを、持ってもらうことが出来ます。

 

アクセスディンギーで海に出ることが出来ないときに、経験談や海の知識を、地域の人たちに伝える事はプログラムの一部です。

帆走の指導・お天気の監視・救命ボートの運転などの参加者の安全確保になくてはならない人材となります。

 


 

後継者・新規加入者

 

セイラビリティのプログラムは、漁港に子供達をひきつけることが出来ます。漁港が子供達の楽しい原風景になれば、漁業への定着率が、増してゆき将来の後継者になる可能性が出てきます。

また、誰もが容易に参加することの出来るコミュニティを持てば、漁業への新規加入者が、早く仲間としての意識を持つことが出来、その家族の支持の得ることが容易になります。









社会貢献

 

セイラビリティの活動には、全人口の10%いるといわれる障害を持つ人をはじめ、社会で少数派と見なされる失望を持った人たちが人生で生きる喜びを再び見つけ出す手助けになることは、多くの参加者が証明しています。

戦後の核家族化に伴い、コミュニティの崩壊が引き起こす問題は、日本社会が早急に解決しなくてはなりませんが、漁港でセイラビリティのプログラムを始める事は、この社会の傾向に歯止めをかけることができます。

 

 


収入について

 

減少傾向のある漁獲量から来る収入減の対策のために、流通コストの削減の研究が、夫々の経営体で始められています。市場にたいするインターネットやマスコミを使った働きかけが、試みられていますが、これらの市場への働きかけは間接的なもので結果が約束されたものではなく、かつ資本の投入が必要です。

セーリング・スポーツ・プログラムで収入を得る事は、学校スポーツが完備している日本ではスポーツにお金をかける習慣がありませんので、この活動自体で収入を得る事は難しいのですが、漁港を魅力的にする事は出来ます。このプログラムは、都会から漁村、漁港に口コミで人をひきつけることが出来ます。

障害を持つ人の訪問は、介護の人や家族、友人と一緒になってやってきます。障害を持った人を含む全ての人を考慮する事は、大きな市場を獲得するための得策です。

 


 

 

地域を越えた連繋

 

各地の漁港が、セイラビリティのプログラムを持つことにより、お互いにセーリングを通じたコミュニティ同士の交流が始まります。漁港で行われるプログラムが、地域社会の核となり、他の漁村住民を中心に地域活動との交流を進めてゆくことにより、漁業、漁場での交流が始まります。

セイラビリティのプログラムを通じて、海外とのコミュニティ同士での交流を持ち、漁村住民がグローバルな意識を持つことが出来ます。それは地域の誇りにもなります。

(具体的には姉妹都市、姉妹セイラビリティクラブ等)

 

 

 

 

 

セイラビリティを漁港で始めるために

 

1.         初めてヨットを自分で操船する人が主な参加者であるアクセスディンギーのプログラムでは通常波の静かな港内でのセーリングが主になります。

2.         漁港ではセイラビリティを始めるために、アクセスディンギー以外に、新たに設備を作る必要はありません、既存の設備を活用する事によりはじめることが出来ます。

3.         体験希望者がいくら多くとも、4隻のアクセスディンギーがあれば、コミュニティとしてのプログラムを始める事が出来ます。

4.         安全確保のために、救急用の小さなボートを待機させます。

5.          アクセスディンギーへの乗り降りのための浮き桟橋もしくは同等の物が必要です。

6.        その他の安全については、ホームページの安全指針を参考にしてください。

 

アクセスディンギーを貸しボートにして、セイラビリティのプログラムに必要な資金を作ることも出来ますが、主体となる構成員は地元の漁村住民の有志が中心にならなければなりません。

地元漁村住民が、このプログラムを楽しんで初めて、地域の他の人たちの参加が始まります。活動が喜びでなく、負担となるのであれば、このプログラムは成功しません。

地元の人たちの参加と関心が、必要です。

 

 

 

アクセスディンギーを使ったセイラビリティ活動の漁港での普及に向けて

 

このプログラムを漁港で普及してゆく事は、漁港の社会貢献、漁村住民の健康福祉増進、漁港を中心とした地域開発、産業振興に限らず、環境保全の意識、地域のまちづくり、高齢化問題、障害者の社会参加などの深刻な社会問題に、漁村住民がリーダーシップを取って社会貢献をする機会を持つことになります。

全国3000の漁港の一部ででも、このプログラムが始まる事は日本全体によい影響を与えます。

このことにより、産業としての漁業の地位も向上して、漁業の勤めている社会的意義の正当な認識を国民全体に与えることも可能です。

 

具体的な行動

 

NPOセイラビリティジャパンは、4年前より障害者スポーツ振興、セーリングのスポーツとしての普及、まちづくりのためのプログラムとしての普及活動を続けてきました。

20034月には沖縄北谷、浜川漁港で体験会を実施し、かつてないほどの手ごたえを感じています。

漁村住民のアクセスディンギーへの関心を持っていただくために、NPO法人セイラビリティジャパンでは、アクセスディンギーの体験試乗会プロジェクトを、全国の漁港で進めてゆきたいと考えています。

漁港でのアクセスディンギーのセーリングを取り入れたコミュニティの構築プロジェクトに協力をお願いします。

 

国内での実績

 

大阪市アミティ舞洲・大阪市北港ヨットハーバー・高知県立障害者スポーツセンター・兵庫県立芦屋海洋体育館・大阪府二色ヨットハーバー視覚障害者セーリンググループ・和歌山障害者セーリング委員会・岡山牛窓ボランティアグループ「すなめり」・大分障害者セーリング「レスポ」・沖縄本部町「マリンピアザ」・琵琶湖京都セーリング連盟・江ノ島ヨットハーバー(セイラビリティ湘南)・千葉県館山市海まちづくり・室蘭B&G海洋体育館

 

 

 

 

    以上

 



[1] 漁港におけるユニバーサルデザイン原則

住民から観光客、子供から老人までが参加するまちづくり

海陸一体と、年齢人種超えて安全・快適に世界の人々が交流できる平和なまちづくり

情報公開を原則とするまちづくり

行政、産業、住民との協働型まちづくり

誰もが自分の能力で参加できる新たな産業を形成するまちづくり

誰もが学び生きがいをはぐくむまちづくり



[2] 1985年に英国アン王女が始めたヨットを使ったボランティア活動、障害を持っていても、気づかないでいた帆走する能力(Sail Ability)を発見すれば、希望をもって生きてゆける。

1991年豪州で、障害、年齢、経験に関係なく誰にでも帆走できる(Sailing for Everyone)運動と合流してアクセスディンギーが使われ、1999年この概念が日本で紹介された。

障害によって区分けされるのではなく社会と同じようにスポーツも共生社会であるべきだ。