高知県立障害者スポーツセンター

大阪市のアミティ舞洲にオーストラリアから4隻のアクセスディンギーが寄付された翌年、高知県立障害者スポーツセンター(小林順一所長)からアクセスディンギーを、購入したいと連絡があった。
何故アクセスディンギーの事を、高知県障害者スポーツセンターが、知っていたのかと言うと、想像で言うのは適当かどうかと思うが、アミティ舞洲のインストラクターの先生達が、この話を薦めてくれたと、今でも感謝している。
高知県にはその時まだ障害を持った人にマリンスポーツと言うのは、カヌーぐらいしかなかったと思う。スポーツセンターのインストラクターも陸上の人が主で、海の上や、マリンスポーツを指導する体制ではなかった。
だから最初の体験会については高知セーリング連盟の文野さんと高知ヨットクラブの坂本さんが、全面的な応援体制を組んでくれていた。

アクセスディンギー303広幅シートが1隻と2.3広幅シートが2隻の発注だったが、高知ヨットクラブには障害者が安全に乗り降りできる浮き桟橋が見つからなかった。
そこで漁港の何処からか持ってきた、いかだを深さの充分あるところまで引っ張ってゆき、アンカーをうって固定して、ヨットクラブの桟橋からそこまではヨットで往復して障害者を運ぶと言う作戦を立てていた。
当日、10名の障害を持った参加者がいたが、高知放送の取材もあって、大成功の体験試乗会となった。
若い番組担当者が、アクセスディンギーのセーリングする姿を、追いかけながら、カメラマンに「表情を狙ってください、みんなが実に良い笑顔をしている」と言っていたのを思い出す。

最後の方で、若い視覚障害の前岡さん夫婦が、自分達だけでセーリングに挑戦した、その模様は放送の中で紹介されたが、さわやかな二人が笑顔を見せながら仲良くセーリングに挑戦しているのは、素敵な情景だ。
最後に前岡さんが、「ありのままの自分で、何事にも挑戦してゆきたい。」と話していたのが印象的だった。

その後前岡さんと話をする機会が在って、「放送ではうまくセーリングしていましたね。」と言うと、「いや〜、あれは一番うまく行っているところを切り継ぎしてもらったんです。本当は動かなくなって苦労したんです。」と言っていた。
前岡さんはこれをきっかけにして、以前からやって見たかった視覚障害者のマラソンに挑戦している。
しかし、当初はインストラクターとセーリングできる場所が見つからないこともあって、ヨットの体験会の企画はたてられなかった。
2002年に開催された高知国体に沿って、ゆっくりと進んでいくし
かなかった。
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