東京にやってきて、兎に角私は誰も知り合いがいなかった。
P&Oネドロイドからセイラビリティジャパンに寄付された、一人乗りアクセスディンギーを東京に持ってきても、それを保管しておくところが無かった。
ともかく、保管場所を確保しなくては、私達はアクセスディンギーを人に見せることもできないのだ。
雛元さんの都市構造研究では、日本でヨットの文化が少しでも盛んになるようにと、操作の簡単な、大きさも充分あり、野外キャンプや島巡りのできる、あの「
アーサー、ランサム」の世界を思い起こさせるような一枚帆のヨットを考案していて、それを販売もしている。
そこで、私達は都市構造研究所がヨットの保管に使っている倉庫にアクセスディンギーも、置かせてもらえないだろうかと聞いてみたら、快く引き受けてくれた。
東京で私達が、活動をまがりなりにも活動を始める事ができたのは、本当に雛元さんのこの援助があったからだ。
やがて、私は大阪から持ってきた自家用車の駐車場を埼玉県狭山市入曽の都市構造研究所の近くの駐車場を借りた。
東京・元代々木から、電車で入曽まで行き、そこで車にアクセスディンギーをルーフキャリアに積んで目的地に行くという形で、暫く体験会を行うことになった。
横浜・シーパラダイスで開いた体験会の実現には、神奈川県港湾局まで実施できるように、奔走してもらったり、いろんな事で応援を現在でもしてもらっている。
その事については時間がかかるであろうが、書いてゆくつもりだ。
ともかく、関東で最初のセイラビリティ活動の足がかりになったのは、埼玉県狭山市の都市構造研究所で、関東で初めてアクセスディンギーが、浮かんだのは戸田市にある彩湖だった。
戸田市
雛元さんや、研究所の金子さんと一緒に彩湖で活動を始める事ができればと戸田市福祉課に面会を求めた事がある。
彩湖での活動に興味を持ってもらってはいたのだが、そこは飲料水のため池であるために管理が厳しく桟橋を作ることはできない事情がある。
おそらく桟橋さえあれば、関東でのアクセスディンギーの展開は違った事になっていただろうと今でも思っている。
まちに隣接しており、しかも自然と接する機会を求めている人の多くいる彩湖周辺の町にとっても、素晴らしい活動プログラムになる可能性がある。
しかも、アクセスディンギーを日本に紹介したグラームレイナーがセイラビリティの活動をしていたオーストラリア、キャンベル市と姉妹都市の関係にある戸田市で、国際交流を含めた活動になると、考えている。
埼玉でのアクセスディンギーの物語をこのまま終わらせる事はまだできないのだ。