メルボルン・大阪の後に残ったもの

1999年のメルボルン大阪ダブルハンドヨットレースに、日本艇「浪速」で出場した瀧本さんが、グラームさんから、ビデオでアクセスディンギーについて牛窓のヨット仲間に話をしたのがことの始まりだった。

牛窓ヨットハーバーは、瀬戸内海のエーゲ海と言われるほど、美しい海の景色を持っているし、又、この地は台風がめったに通らないことでも良く知られている。

小豆島にも隣接していて、静かな海はめったに荒れ狂う事は無い。
それにスタッフも大変親切で瀬戸内海でも人気のあるヨットハーバーのひとつだと思う。

牛窓ヨットハーバーでヨットに乗っている吉沢さんが翌年の私達のオーストラリア行きに加わる事になった。

このときに他に起こったいろんな事と一緒に、吉沢さんもアクセスディンギーのレースに大阪の視覚障害で唯雰囲気を知る事ができればと参加していた「岡さん」と一緒に出場してしまった。

吉沢さんはオーストラリアから帰国した後、「スナメリ」の会を起こそうと連絡あったのはその年のことだった。

彼が会の活動の為にアクセスディンギー2.3広幅シートを一隻購入したのが発端だった。