volume1, Issue2 Nov,1999

日本からの報告 豪アクセスデンギー選手権 カナダでのアクセスデンギー
レガッタの予定 1999年英国選手権 マークエリスの話


グラームレイナーからの報告

今年の初めに、行われた、メルボルン・大阪ダブルハンドヨットレースを終えた後、グラーム・レイナー〈膝の上で切断〉は、全てのタイプの障害を持つ人達の為に、初心者レベルのセーリングを見せる為に、8月に日本に戻った。
セイラビリティ・ニユーサウス・ウエルズの副会長で、セイラビリティ・リバープールの会長のグラームレイナーは、四隻のアクセスデンギーを用意した。
デンギーは8月初旬に、日本に船積みされた。
これらのボートは磯村大阪市長の出席のあったセレモニーもあり、大阪市に寄贈された。メルボルン市と、グリーンウェイ・ロータリークラブが、この事業に寄金している.



日本からハロー
私達は、8月21日、22日最初のcoming and tryを、実施しました.。2日間で、約100名の人々が参加しました.。手応えはとても良い様に思います。21日土曜日の午後には式典を取材する為に、テレビ局、新聞社が取材の為に、参加しました.。
何人かの新しいセーラーに会ったり、顔を眺めたりする事は、素晴らしい報酬です。殆どの人はセーリングの経験の無い人達です。

2日間昼食が用意されておりました.。

多くの興味を持った人達が、如何すれば、セーリングに参加できるのかたずねてきます。P&ONedllyed の神戸支店長も、日曜日に参加しました。彼らは、オーストラリアからの輸送について非常に親切でした。そして通関手続きまでしてもらいました。泉氏は、多くの人達がポンツーンで喜んでいる顔で、待っている事に、驚いた様子でした.
多くの人と会って、たくさんの物語を知りました.
最も私の心に触れたのは、16歳の御兄ちゃんと、12歳のCPの妹が、一緒にセーリングする姿でした。彼らは大変幸せに見えました。昼食が終り、彼らの母親が、どんなに彼女の息子が、彼の6歳の時から、世話をしてきたのかを、話してくれました.。私は数分間、ヨットクラブの中で、サングラスをかけなくては成りませんでした.。

日曜日の午後、クラブハウスから眺めた時、船着場にはまだ多くの、新しいセーラーで、溢れておりました.。私の心は、私がこのプロジェクトに参加したことにより、誇らしげに震え、目には涙が溢れました.。さてこれから叉別の会合があります。行かなくては成りません。
自分が疲れを感じたり、困難に負けそうに成る時、私はたくさんの人達の喜んでいる顔を思い浮かべ、そしてこれが、やり遂げるだけの価値のある事だと思いなおします.
グラーム・レイナー


アクセスデンギー・オーストラリア選手権2000

2000年アクセス・ディンギー・オーストラリア選手権は、Tuggeranong湖、Greenway ATCで開かれます。
主催は、スピンネーカー島ヨットクラブ、Sailability ACT、Tuggeranong水上スカウト、およびアクセス・ディンギー・セーリング・アソシエーションです。
アクセス・ディンギー国内選手権は、今年で五年目になります、そして規模も、20隻のボート、と36人の参加者から、今年の70隻のボートへと成長し、参加者についての3つの記録を打ち立て様としております。

その記録は:

障害者のレガッタでは、一つのクラスで最も多いボート数である。
障害者レガッタでは、最も多い女性の参加人数があること。
障害者レガッタでは、参加者の中に女性を含む割合が最も多い事。

我々が考えている統合がされてきているので、レガッタそれ自体も、年齢、あるいは能力にかかわらずみんなに開放されております。、
したがって、これらの3つの世界記録への挑戦は、土曜日の午後選手権の行われるに2.3アクセス'を使った一度のレースで破られます.。

週末には、ガバメントハウスで、レセプションの計画があり盛り上がるでしょう。ウイリアム・デーン閣下(私達の後援者)がホストを務めます。
叉、その次に、土曜の夜、Tuggeranongスポーツセンターで、夕食会が開かれる予定です。
これには全員参加できます。




レガッタの予定

レガッタの予定
l   1月8日―9日 SAIL MELBOURNE VICTORIAN ACCESS C'SHIP
    2月5日−6日 AUSTRALIA ACCESS C'SHIP
    4月8日−9日 NSW ACCESS C'SHIP



カナダでのアクセスデンギー

Access Dinghies on tour
Zoltan Pegan

ソルタン氏は、アクセス・デンギー財団の、信頼する人物であり、1998年と1999年のオーストラリアのアクセスデンギー・チャンピオンであり、九月、トロントで開かれた、Mobility Cupで、価値のある2位に輝きました.。


この九月グラーム・レイナーと 私は、障害者セーラーにとって重要な、レース、Mobility Cupに出場する為に、カナダのトロントに、むかいました.
ジュディは私と一緒に来ていましたが、グラームのワイフのロレッタとは、トロントで会う予定でした.。
Mobility Cupでは、活動プログラムの責任者と施設管理者の為に、シンポジュウムが開けれました.。ジャッキー・ケイは、セイラビリティの紹介をしました.。クリスはアクセスデンギーの技術的な面の、話をしました。私の役割は、マリーナの中を、セーリングして見せることです。
基本的には、Mobility Cupのスタートを、待っているセーラーに見せることが目的です。クリスは、この為に、広幅2.3アクセス・電動サーボ付き2.3アクセス・303アクセスを、船積みしており、叉それらを、積み込むバンも、手に入れておりました。

Mobility Cupではそれらを、オーストラリア大使と呼んでおります。

アクセスデンギーは好評を得ました。もし風が強くなれば、ひっくり返るのではないのかと言う、疑いを持つ、身体障害者の人も降りましたが、私達は、それが未だ、起こった事の無い事を知っております。それが起こるとすれば、艇庫に戻る前に、乗っている人が、あせって、飛込んでしまうと言う事ぐらいです。昔あったスカイダイバーのような物で、飛行機でもデンギーでも、全く同じです.
Mobility Cupが終り、私達は、アクセスデンギーを積んで、旅行に出かけました。
最初に行ったのが、Lakewood Easter Camp(障害を持つ子供達のサマーキャンプ)。キャンプ場長は、アクセス・デンギーに強い関心を持ちました。来年度の五月から始まる、サマーキャンプに間にあうように、する為に如何すれば良いか、検討している.。心配しないで、

私達は、トロントに戻りました。そしてグラームは、女王の障害者セーリング教室の参加者を、セーリングに連れ出しました.彼らは既にそこに有る、Martin 16sを贈呈する為に、デンギーを2隻欲しがっていました。
グラームとロレッタは、私達が次の目的地に出発する前に、私達と別れました。そこで元陸軍のトラック隊だったグラームは、元空軍のパイロットであった私の為に、しっかりとトレーラーにボートをくくりつけてくれました。

次に寄った所は、Champlain湖の東岸のBurlingtonです。Adaptineセーリング教室では、ソナーとマーチン16を、所有しています、そのヨット教室の校長は、アクセスがセーリングを始める人に如何に、有効であるのかを、直に理解しました。

ここから私達は、Monterealまでドライブし、障害を持つ子供達の学校、Mackay Cestreに着いた。校長は、ヨット好きの人で、そこの療法士達はセーラーでした。.彼らは子供の為の、セーリング教室を立ち上げたいと希望していて。彼らは、簡単なデンギーを、大変高く評価していた.(立って歩く事の出来ない、O・T君は、座り心地の良いハンモック式の、座席に驚いていた、叉その簡単な取りつけ方法にも驚いていた。)

Montereal の南に有るガソリンスタンドで、ハイウェイから降りて一休みした時、セイルボードの好きだと言う人物に、会った。もう彼は、熱心にヨットを続けたいと思っていないでも、全く止めてしまう事も出来ない、と言う人であった.彼は自分の孫達を、セーリングに向かわせるのには、湖のボートは非常に良いと考えました。
旅行は、成功し、そして色んなグループにボートを、紹介することも出来ました.
新しい冒険の始まる春を待つ、冬のVirginiaを、私達は後にした.。



1999年 イギリスアクセスデンギー選手権


1999年10月2、3日、Rutlandセーリング・クラブで開かれました。
その週末、冷たい風が強くて、好ましい天気と言う訳には行かなかったが、レースの参加者は、御互いにセーリングの腕を競い合いました.。イギリス・アクセス・デンギー選手権には、六つのクラブから、15名の参加者がありました。

ノースサザンプトン・セーラビィティのエディ・ピッカーリングが素晴らしいセーリングで1位になりました。エディさん、おめでとう。

アクセスデンギー財団は全ての参加者を祝福します。青して私達は、特に、オックスフォード・セイラビリティから来たタニア・キャノンをたたえたいのです。タニアは、勇気と固い決意で、難しい条件と戦いました。

ルットランド・セイラビリティは、特に、のジョン・モーレイは、水上で素晴らしいサポート体制で、レースを素晴らしい物にしてくれました.

その週末を、通じてセーリングの技術が、高くなって行くので、私達は、感激しておりました.。最終のレースで、全てのボートが、風上マークで、先頭を、争っておりました.

参加者はたくさんの友達を作り、セーリングについても、たくさんの事を学びました.。
そして、来年度アクセスデンギーの為に計画されている、トラヴェラー・シリーズに期待して、ルットランドを、去りました.
ジャッキー


アクセスディンギーファンデ-ションが、イギリスのセーラーをオーストラリアに招待しました



イギリスのルットランド・セイラビィティ所属・マーク・エリスは、この年のイギリス・アクセス・ディンギー選手権で、ファウンデーションから賞品の旅行を受け取りました。
(生まれた時から目が見えない)マークは、単に熱心に打ち込んでいるだけでなく、さらにセーリングの喜びを経験したいと考えている機能障害を持つ、他の人を励ましております。

彼は、このスポーツの素晴らしい大使です。賞には、オーストラリアへの往復航空券、キャンベラでの5日間の宿泊、その上クラーク湾農場の二晩の宿泊と、オーストラリアアクセスデンギー選手権の、出場費用の免除も、含まれております。

マークの話

1997年、イギリスのルットランド・セイラビリティで、私はアクセス・ディンギーに初めて出会いました。アクセスに対する私の最初の印象は、水上での、安全と安心に対する感覚です.
その時から、私は自分一人で行く、自信が出てきたのです。視覚障害でセーリングする為に、叉ブイを回る時、他のボートの位置を知る為に、必要になる、ツーウエイのトランシーバーを使い、信頼の出来る、ナヴィゲーターのバルが岸からの連絡してくれるので、一人で行くことが出来るのです。どんなタイプの障害者でも、セーリングの楽しさと、興奮を、味わえるこの方法を気に言っております。

私が幸運にも、参加できたイギリス・アクセスデンギー選手権は、1999年10月2日と3日に、行われました。
幸運なことに、本格的な雨が、降り出す前に、私達は最後のレースを、終る事が出来、大変楽しい週末になりました。夕食が終り、全ての参加者と、関係者が、表彰式のために、まだ濡れているバー'(酒場)に集まりました.。

私が与えられたのは、視覚障害クラス一位のトロフィーであり、尊敬される参加者に、与えられた物だと聞いおり、大変嬉しく思いました.。

最後の、最も大きな賞は、アクセスデンギー選手権2000に参加するオーストラリアへの旅行でした。私は誰がこの価値の有る賞を、貰うのか喝采する準備をしていましたら、何と私の名前が、呼ばれたでは有りませんか、
これはど、レベルの高いレースでのことで、私は大変驚きました.
私は漸く現実を理解しました.、今、レースに挑戦する為、オーストラリアに行く事に、期待と興奮で、胸を躍らせて準備しております。


私は、これからも、他の多くの挑戦を続けたいし、そして、その事が他の障害者に、何かを、なし遂げる可能性の道を舗装して、それが他の障害者を励ます事になれば、私は大変満足できるのです。