セーリングはすべての障害や年齢に関係なく出来るスポーツです。この事は、長い間自身が車椅子であり且つ、セーラーであったセイラビリティRYAの副代表Geoff Holtさんが、彼の2歳の息子のティモシィをセーリングに連れて行ったときに最も良いデモンストレーションになるでしょう。
普段は双胴船ヨットのセーラーのGeoffは、ティモシィを連れて行くときに二人が並んで乗れる広幅座席のアクセスディンギーを選びました。
それで、息子を乗せて転覆する事や複雑な操作を心配することなくセーリングをたのしむことができるのです。
Geoffは次のように言います。「彼は乗ってからズーっと笑顔でした、それで今はティモシィの一番好きな言葉は「ボート」です。
おそらく彼はいつか私のセーリングを手伝ってくれるでしょうが、それよりも私は彼が私がセーリングから得た喜びと同じものを持つようにと思っています」
「20年前に私は事故で死なずにすみましたが、私が父親になれるとは思っていませんでした。
誰の助けにも頼らないで自分で息子をセーリングに連れて行くことは、人生を変えることが出来た事、そして独力でするセーリングのできる正にそんなボートである事を証明しています。私は胸から下は麻痺しています。アクセスディンギーは私が自分で出来るただ一つのボートです。私は今日のことは長く記憶に残るでしょう。
ジャッキーから
皆さん、今回もまた私達アクセスディンギー一家にとって興味ある出来事がありました。
私達は、障害を持った人たちのセーリングで起こっている急激な変化を最初に知る事が出来る特権を持っています。この期間、新たに多くの国がこれらの恵まれない人たちを日々のコミュニティー活動に加えることは社会にとって利益のあることを発見しています。
私達が生きるこの世界を、私達は夫々が変えることが出来ます。私達がこの世界をよりよいものにして去るかあるいはそうでないにしても、それはすべて私達ここの責任です。
「私達の世界」はつまり私達の肉親、私達のコミュニティー、国あるいは世界かもしれません。しかし、小さな親切はある方法である人に確かにポジティブな変化をさせます。
今週、私たちは、アクセスディンギーとセイラビリティの親しい友人でしかも支持者を失いました。NSW障害者スポーツ会議の元議長で私達の親しい友人のKen Grinhamさんが亡くなったことをお知らせするのは悲しい事です。
Kenはオーストラリア全土の障害者スポーツコミュニティを彼の努力によって私達の世界を素晴らしいものに作り上げた人物の一人です。私達はKenの献身的な働きを忘れる事はありません。彼は多くの皆さんの胸に残るでしょう。
アクセスディンギー財団は先進的でしかも情熱を持った世界中の人たちにかかわりを持てることを光栄に思っています。
たとえ会うことが出来ないとしても、私達はセイラビリティと呼ばれるコミュニティーを豊かにする事の同じ志を持った不可欠な同志なのです。
ルイアームストロングが歌っているように
「…and I think to myself, what a wonderful world.」

こんにちは、クリス 最初に自己紹介させてください。
私には障害がありませんが、別の理由で私はアクセスディンギーに興味があります。
私にとってセーリングはリラックスする事でレクレーションで、決してアドレナリンの増加を意味しません。私は以前から小さくて安定していてしかも私達の地域のような軽風域でもセーリングが楽しめるボートを探していました。
ここスイスでは係留しておく場所を見つけるのは難しい事です。従って普通のキールボートでは用を成しません。
陸置きに適した場所はありますが、それもキールボートを一艇置いておくには設備が整っていません。
私はPoaduk2.6mを所有しています。 このユニークなボートを大西洋の海岸でテストした時は上手く帆走しましたが、又、このスイスの湖のような短い波長の波ではあまりよくありません。
水に浮かべるのもそんなに簡単ではありません。
私の好きなアクセスディンギーは リバティです。しかしこれは誰かを乗せることは出来ません。そこで新しいUD5.5の特性はとても有望に思えるのです。
敬具 Juerg
最新版・ユニバーサル5.5
クリス・ミッチェル
私達はすべての人々が一人でセーリング出来るべきであるとの拘りを捨てていませんし、Libertyは十分な安全性と容易な操作性で誰もが一人でセーリングすることに対して最も偉大な平等主義者であると信じています。
しかし、引き続きボートの設計に駆られている私はそこにとどまっていることは出来ません。また、その上、私を新しいものに向かわせておく方がはるかによい、とみんな知っています、実際に大きなものがそれから出て来るかもしれません。
我々の新しいボートは非対称のスピンネーカーを持っていますので、他のものと違ったものになるでしょう。非対称と言う言葉からも判るように、303広幅シートのジブセールと大変良く似てセールのクリューをシートで結び、一方は伸縮性のへさきにつけられたガラス繊維で出来た筒から出されて広げる事が出来ます。ポールを片方から片方に変えることがありませんので、このタイプのスピンネーカーは真追手の風のときや風下マークへ向かう時には最も速くセーリングできるという訳ではありませんが、追手でのリーチングの時には、非対称のスピンネーカーは大きな力を発揮しますので、Universal18(UD5.5)のようなハルが考えられています。
(ボートの長さは18フィートもしくは5.5メーターです。)
スピンネーカーはセーリングの中に新しい次元を加えます。それがなければ安全装置はきわめて有効ですし、しかも、突風があれば傾きが大きくなるかあるいは同時に風に向かってしまいます。
しかしスピンネーカーを持っているとそういうわけには行きません。ボートに加わる力が大きすぎて、マストの先が水に浸かるまで横倒しになってしまうことは普通の事です。ディンギーと言う小舟ではいつでも起こることなのですが、UD18では、これはきわめて安全でしかも興奮と面白さを加える事になります。あなたは誤りを犯し、ボートの方向は突風によって変わってしまいます。其の後あなたは元の方向に戻すために努力しなくてはなりません。
これは主として舵を一枚しか持っていないボートで起こる出来事です。なぜなら一枚のラダーではボートが傾いた時に一枚の舵板では殆ど出てしまうからです。しかし、UD18では2枚の舵板を持っていますのでヒールをしてしまったときには風下側の舵板がより深く水の下になり効力を増やす事ができ、船の制御を其の時点でも充分できるのです。船はそのまま航海を続ける事が出来るのです。
もう一つの安全装置は、広い幅と船の全長に沿った中に浮力隊を持った幅広いサイドデッキです。
これはハーネスを付けている舵手は一時横倒しになってしまっても、センターラインに座っている限り水面からまだ高い位置にいてしかも乾いたままで居ることが出来ます。長くて重いセンターボードが自動的に傾きを修正し、水を自動的にコクピットの外に出してしまいます。
それで我々はU18nihaスピードを増すためのすべての装備を用意します。しかし、あなたは安全にこのボートを操船することができますし、より、便利なボートではきわめて危険なことでも落ち着いて満足していられるのです。勿論、あなたが安全で静かなセーリングを楽しみたいというのであればスピンネーカーは飛ばさないでください。
もう一つのU18の使い方は、これは競技用のボートのつもりで設計していますが、特別に2人の乗組員を乗せることが出来ますし、又一人でのセーリングが出来ますが手の機能が制限されている人は、スピンネーカーを使えません。又U18では3番目の人や小さな家族で乗るのに充分な余裕があります。


ON THE ROAD AGAIN?
Ian Anderson
前回のニュースレターから実に多くの事が起こりましたが、依然として私達にはボートはまだありません。
多くの方々が、私達の活動をスタートする事に協力をしてもらっています。彼らの助けがなければ我々は前に進む事が出来ませんのでこのことについて知ってもらいたいのです。
クリスミッチェルとジャッキーケイは私達がボートを注文する前に到るまで粘り強く私達を導いてくれました。私達はセイラビリティマレーシアとして2.3シングルを2隻注文しました。又マレーシアパラリンピック委員会は、ここクアラルンプールで開かれるFESPIC2006の準備を始め、地域の人たちの訓練の為に5隻のアクセスディンギー2.3シングルを注文しました。
そこで我々は7隻のアクセスディンギーが水面に浮かぶはずです。―――悪いスタートではないと思います。
NOLは最初の我々のボートのスポンサーとして素晴らしい貢献をしてもらえました。シンガポールとマレーシアのオー
ストラリアP&OのDan McHugh、SK ChoyとElan Limにお礼を述べたいのです。又オーストラリアP&OはメルボルンからマレーシアのKlang港への船便で協力をしてもらえました。
シンガポール障害者スポーツ委員会のFrankie ThanapaとAlan Tan感謝します。この方達は、私達の後援者に私達がアクセスディンギーを展示するためのボートを貸してくれました。また、私達がアクセスディンギーのセーリングをコーチするのを手伝ってくれます。シンガポールはクアラルンプールのフェスピックに参加して私達をやっつけるつもりです。
Putrajayaの友人Kelab Tasikは、私達にセーリングする彼らの水面と施設を使うことで応援してくれています。
実質私達のセイラビリティはチェシア・スポーツおよびレクリエーション・ホームの傘下のメンバーとして成り立っています。この合意は10月12日のチェシアホームの総会で承認されました。
公式な実態を持つことはセイラビリティマレーシアにとって素晴らしい出来事です。
もう一つの感謝はチェシア・ホームのリーダー達です。特にPuan
KhatijahとDato Ghazaliです。
Datoさんはセイラビリティマレーシアの強力な支持者です。
8月にこのクアラルンプールで私は第32回社会福祉国際会議にアクセスディンギーとセイラビリティマレーシアを代表して出席することが出来ました。世界から集まった1600名の参加者が社会的に恵まれない人のニーズについての提案を交換しました。
9月4日から7日私は再び第7回高齢化社会国際財団・クアラルンプールの会議でアクセスディンギーの代表として参加しました。シンガポール障害者スポーツ会議の協力でコンベンションホールのロビーにリバティを出展してくれました。其のボートは大勢の人たちの関心を集めました。
私はアランとフランキーが「若くはないけど成長すればセーリングをするかもしれない多くの人たちのリストを手に入れていると思います。
これらの会議に参加して私はアクセス可能な設計についてのあらためて考える事が出来ました。
もし、あなたがどういうことなのかわからなければ、国際会議のウェッブで詳しくご覧ください。アクセスディンギーの目指すデザインはアクセス可能なデザイン(ユニバーサルデザイン)の会議で実に重要な働きをします。
人との交流はこのような会議では常に需要ですが、私は日本から来たIshiさん(白石正明氏)や意見を同じとする人たちに多く会いました。
多くのことでセイラビリティとアクセスディンギーが、世界中の異なる障害を持つ人たちや異なる世代の人たちのためになしえている事が判ります、そして其の可能性にわくわくします。
グッダイ メート
セイラビリティマレーシアはZulを10月2日と3日にオーストラリアベルモントで行われたアクセス全豪選手権に送りました。今までにZulは15ノット以下の風でしかセーリングをしたことがありませんが、南半球で良い風の歓迎をうけました。私はZulに報告をしてもらいますが、彼の顔は輝いていました。第3ディヴィションで彼は6位でしたが、今年4月にセーリングを始めたものにしては上出来です。彼はクアラルンプールにレースの為に他の国の人たちを誘うでしょう。

THE
ACCESS DINGHY HANSA
Chris Mitchell
現在使用しているロゴは白鳥の飛ぶ姿をスローモーションでみせていた飛行機会社のテレビコマーシャルをヒントにしています。彼女の頭は羽の動くのに連れて首が適度に波打つように見えて頭は静止しています。
このロゴのモデルの鳥は、兎に角白鳥のことで白鳥はサンスクリット語ではHansaと言います。
これらの鳥はインドネシアやマレーシア白鳥と見られています。
サンスクリット語は中央アジアに住んでいるアーリア人の言語です、独逸哲学者はしばしば彼らの伝説からインスピレーションを得ています。航空会社のルフトハンザ偉大な遺産がこれなのです。
これが現実的な物語のすべてですがこれで終わってしまっては、もっと深遠な話を知りたいと思う人は満足しないと思いますので、もうすこし深い御話をしてみましょう。
神聖なMansarover湖の魂の浴場である第3の天国と言う東洋の神話の中に出てくるハンザをさしています。ハンザは清らかな魂のシンボルです。私達は神話やサンスクリット語で記録されている物語の背後にある真実を求めようとします。
ハンザには不運ですが、魂は大海に注ぐ一滴の水のように其の個性を失うのと同じように、同じ母体の中に混じってしまうというのが物語の結末です。
しかしながら、物語は全く終わっていませんので、私達はこの悲しい物語を承諾できません。
それは物質、魂、時間の結論としてアクセスディンギーのハンザは永遠の世界を拡張して、むしろ愛の大海原の上を飛んでゆく白鳥のように、水の中に入ってしまう水滴のように其の独自性や特性を失ってしまわずに慈悲に向かって飛び続けるのです。
FOOD FOR THOUGHT−NYDまだ障害者ではない
Pat GabrielセイラビリティACT
この文章はPatが数年前に書いた文章ですが、しかしこれはもう一度掲載する価値があるものです。私達は人生で予想できない出来事が起こることを考えなければなりません。←ジャッキーケイ
障害を持たないセーラーにとって障害者になることがどういうことなのか考えても良いと思います。障害を持ったセーラーたちの楽しいユーモアーと同様に勇気や決断により感激することがたびたびあります。
誰も私達が突然病気や事故で障害を持ってしまうとは考えていませんし、其の時どうそれに対処するかはわかっていません。
あなたは今までに障害を持つなんて考えた事がありますか?
あなたは「バカな」と言うでしょうね
「見ろ、私は若いし強い、時々かぶれや風邪をひくくらいで病気なんてしたこともない。」
しかしもし貴方が病気に罹り障害を持てばどうしますか?関節炎で障害を持ってしまったらどうしますか?あなたが交通や仕事で車椅子を使わなくなればどうしますか?膝やお尻をプラスティックに変えなくてはならなくなったら?眼が見えなくなり聴覚が失われたら?同時に多分あなたは財政的にも危機になるかもしれませんし、収入も多分少なくなってしまいます。これがあなたのセーリングする能力にどんな影響があるでしょうか?あなたの自尊心はどうなるでしょうか?自分のボートをもはや装備することができないか、乗組員の一部として役割を果たすことができない場合、何を行うでしょうか。編み物をして過ごす事にしますか?あなた自身にとって悲しく残念に感じて、他の人々がいるクラブをうろつきますか。
あるいは貴方はセーリングを続ける事が出来るような対策を持っているのでしょうか?
例えあなたが通常のセーリングのレベルではないと考えているレベルでも、あなたがどれだけセーリングしたいかにかかっているのではないでしょうか?
障害を持った多くの人たちの殆どはかつて障害を持っていなかったというのは真実です。
もし、障害を持たない人から自分達と関係ないと障害を持った人たちが考えられているとすれば、彼らは未だ障害を持たない人たちに当然あるべき権利や責任については期待できないでしょう。
(注)オーストラリアの全人口の18%は何らかの障害を持っています。
180万のオーストラリア人がCarersです。
PWDは障害を持っている人
NYDはまだ障害を持っていない人
FESPIC GAMES 2006
東南アジア及び南太平洋の障害を持っているセーラーの皆さんへお知らせ
2006年FESPIC大会の地域のレースではじめてセーリングプログラムが採用されます。18隻のアクセスディンギーが無料で用意されます、又レースはIFDSのルールに基づくクラス分けのどの様な障害を持っている人が参加できます。フェスピックは極東と南太平洋の障害者の大会です。より詳しいこの大会に関する情報は夫々の国のパラリンピック委員会もしくは
ジャッキーケイに問い合わせてください→ sailability@msn.com.au
http://www.taiyonoie.or.jp/fespic/
SAILABILITY CENTRAL WEST
Timothy Hone


セイラビリティオレンジは、昨年、地域の人たちの参加が増えてきたので名前をセイラビリティセントラルウェストというに変えました。其の地域と言うButhurst,Blayney,Cowara,Orangeの地域です。私達は普段カーコラーダムセーリングクラブに集まります。
これらのセーリングディは沢山のメンバーや家族や其の友達が集まってそこで1日過ごしますのでまるでお祭りのように賑やかです。我々は又、1学期に1回と4回の学校のセーリングプログラムを受け持っています。4つの学校から80人の学生が参加しますがそれには障害を持っている人の含まれています
セントラルウエストはまだ始まって僅か4年です。それは一隻のアクセスディンギー2.3で僅かな参加者とボランティアで始まりました。より多くの設備と施設が必要になった事から支援金募集が必要になりました。
地域の企業、個人、ソーシャルクラブ、コミュニティーの団体は既に沢山のプロジェクトがアプローチしていましたが、それでも私たちは新しいアクセスディンギー、桟橋、ライフジャケットそしてリフトなどの設備のための支援を得ることが出来ました。
何時でも新たに思うのは、セイラビリティ活動には、素敵な物語が沢山生まれて感動の笑顔と涙があります。誰かがアクセスディンギーやセイラビリティに関したことをしていると必ずそこから新しい物語が始まります。このセイラビリティのエネルギーは純粋でこのネットワークは世界中に広がってゆきます。
SAILABILITY PORT STEPHENS
Frank Bardsley
Grahamstownのセーリングの活動はウィリアムタウンのロータリークラブのメンバーにより支援され援助されている活動です。1999年前代表のトム・フォードが少ない費用で地域の若い人達が参加でき楽しめる活動の必要を感じました。セーリングボートとスポンサーが得られて、ボランティアの帆走訓練が始められプロジェクトはスタートしました。ウィリアムタウンロータリークラブはセーリングのボートを用意して、週末のセーリング活動を開いています。今私達のフリートに
は4隻の303と5隻の2.3、それに多くのカタマランがあります。
参加者はこの3年間で劇的に増加し、2001年2002年と毎年シーズンには1000人以上の参加者があります。セイラビリティポートスチーブンスはグラハムタウンセーリングと水上クラブの一部ですが、ボランティアの人たちが増えてきて我々の平日や終末の活動以外に特別な活動を企画する事も出来ます。ハンターヴァレイや高齢者の団体それに教会やスカウトの人たちが参加しています。体験会はRAAF個人体験会と同じく一般大衆参加が出来ます。メディアもロータリークラブの参加事業としてもこの活動がコミュニティーに非常に有益なものであると紹介しています。

SAIL ACCESS DINGHIES
江の島ヨットハーバーは1964年の東京オリンピック大会のセーリング競技を行うために建設されました。ですから、このヨットハーバーは日本のセーラーにとっては最も有名なヨットハーバーの一つといえますし、ヨットレースのメッカとも見なされています。
江の島ヨットクラブの松本会長は日本を代表して東京オリンピックの5.5メータークラスに出場しました。私は松本会長とアクセスディンギー2.3をホールに展示したパーティで初めて会いました。
数ヶ月後、私達は江の島ヨットハーバーで体験会を企画しました、其の時松本さんはアクセスディンギーのセーリングをみんな喜んでしている
のを初めて見ました。一般的にこのヨットハーバーではみんな真剣にセーリングをしていますので笑顔はあまり見られません。
セイラビリティ江の島は、活動を4隻のアクセスディンギーで2003年6月から始めました。それはうまくいったスタートでした。新聞もラジオもテレビも江の島の活動を紹介しました、しかしそれはほんの始まりの一部だったのです。2004年4月になると彼らは新たにアクセスリバティを手に入れ高齢者や女性それに子供や障害を持っている人を含む80名のメンバーがいます。2004年の今人たちは江ノ島ヨットハーバーをアクセスディンギーのメッカと感じています。


自由の為の変化!
エリザベス・リグス
どの様に帆走するのかとか、どの様に他の人たちに乗せるのかより多くの人たちが学ぶにつれて、又 より多くのボランティアや参加者が熱心に活動に加わるようになり、又リフトで車椅子の人たちが自由に乗り降りできるようになって、アクセスディンギーは我々の活動を変えています。
最近、ブロンドの髪の毛で障害を持った人どのように飛ぶかを学びました。私達はマリンサービスと一緒にこの新しい参加者をうつれ出しました。マリーナの外に出ると私はシートを担当して彼女がジョイスティックを握り1つか2つのヒントを彼女に与えた後、自分でセーリングをしました。そして、彼女は「これは私がこの2年と半年の間でもっともすばらしい日でした。」といってくれました。又、それが私を喜ばせたのです。
南半球のZUL
Zulkifli Mohd Ali

私はベルモントで開かれたヨットレースに参加するためにシドニーに行き全く新しい経験をすることが
出来ました。これは私が始めて参加するヨットレースです。首から下が全く動かない二人の障害を持った人に会ったとき、驚いてしまいました。彼らの名前はアンドリューとナヴァといいます。2人とも車椅子とボートの操縦は顎でしてしまいます。イアン・アンダーソンが私にアクセスディンギーを紹介するまで、私は殆どのウォーター・スポーツ時にセーリングを怖く思っていました。しかしアンドリューとナヴァにあってから私はセーリングをやってみる自信を持つことが出来ました。沢山のオーストラリアの友人達が私にセーリングをしたく思わせるのでした。ウィンとブライムは私にとても親切でした。ニールとバーバラはシドニーで彼らの家に私を泊めてくれました。私は、私の飛行機代を出してくれたイアン、ウエンディと彼らの家族に感謝します。彼らのサポートがなければ私はこのヨットレースに参加できませんでした。
カナダーカナダアクセスディンギーレガッタはCFBトレントンヨットクラブで8月7日に行われました。レースはすべて障害を持っている人たちが参加しました。参加クラブはトレントンQuante
Sailability、Able Sail Kingston、それにAble Sail Burlingtonです。
成績は次の通り
2.3−トミーベスウィック
303−ニールアレン
リバティーマレーニドナルドソン
オーストラリア −10月2日3日ベルモント16フッターセーリングクラブ
オーストラリア選手権
2.3−アロンヒル、ジップランド
2.3ダブルーラルフとキースバーンスキル、ベルモント
303− チャールスウェザリー バルロート
リバティークレェグスキャンラン ノーザンリバー
国際選手権
2.3−飯塚健浩 日本
303−チャールスウェザリー バルロート
303ダブルーアレックスとディヴィット スタレイ
リバティー コリンジョンソン
統計資料
参加選手数=105名、アクセスディンギー数=105艇、(アクセス2.3=76艇、アクセス303=37艇、リバティ=13艇
女性参加選手= 42%、障害を持った選手= 75%
ACCESS SAILORS
障害を持ったセーラーたちの大きな希望を良く知るために、この号から世界中の深刻な障害を持ったセーラーの皆さんを紹介してゆきます。
今月号では、西オーストラリア州の「リチャード・ヤンセン」を紹介します。彼は人工呼吸器をつけてセーリングしているオーストラリアにいる3人のセーラーのうちの一人です。彼のリバティ「Black Magic」は、今迄作られたアクセスディンギーの中で唯一つの黒いアクセスディンギーです。

リチャード・ヤンセン : 西オーストラリア
7年間に私の人生は劇的に変わってしまいました。私に何も落ち度はなかったのですが、生き延びるようになるまで病院で3年半の闘病関活を過ごしました。今は人工呼吸器をつけてC2レベルの肢体不自由で24時間看護の必要な障害者になりました。しかし人生は多くの人が言うように自分で切り開いていくものですし、私も自分で切り開いてきました。2004年の最初のころ私はセイラビリティに紹介されました。そして私は振り返りません。最初、私はソナー(3名で乗るクルーザー)で錘にしかならず、他の人たちが全て必要なことをしていました。間違わないで欲しいことは私は水の上にいることは好きなんだけど、私はもっと何かをしたかったのです。
私は誰の世話にならず、わたしの渇望している自由と自立を私に与えるボートについて話をしていました。私を悲観的な人間と呼んでください、しかし、肩から下が全く動かせない奴にこの夢はどんなに大きなものか判らないだろう。アクセスリバティの仲間とセイラビリティの仲
間の皆さんどうもありがとう、この夢は本当になりました。週に二度、パースのスワン川の水の上で私の生活は、他の沢山の人たちを信頼する事によって私の人生を私なりに生きてゆく為の指針を得ています。舵とメインシートの操作の二つを私はあごで操作をするサーボ補助を使います。そしてラリー用の椅子を使っています、その理由はこいつに座っていると、アドレナリンが出てきてラリーをしている気分になるからです、それに何かぎりぎりまで挑戦していく気分になれます。

AUST & INTERNATINAL
REGATTA
2 & 3 Oct at Belmont, NSW
セイラビリティ西オーストラリア(SA)はベルモントのレガッタに彼らに所属する9人のセーラーと12人の強力なサポーターを1500キロ離れたアデレードから10隻の2.3と303とリバティを積んできて、今回のレガッタを大成功させたのです。チームの人たちはMacquarie湖がこの数年間で最も激しい嵐に見舞われている丁度其の時に着きました。電車が動かずバスに乗り換えなくてはなりませんでした。アンドリューとヘレンは彼らの電動車椅子をバンに積み込むまで待たなくてはなりませんでした。そのためにドライバーはそちらの方に回らなくてはなりませんでした。クリスと彼の父親は借りていた小屋に木が倒れてきて寝床を失いました。彼らがクラブハウスで息をついている間にボートたちは整備されました。
セイラビリティSAは4つの活発な支社を持っていて、アデレードセーリングクラブ、ポートアデレードセーリングクラブ、ポートリンカーンヨットクラブ、それにゴールワレガッタヨットクラブに全部でリバティ×8隻、303×16隻、2.3×6隻を所有しています。
西オーストラリアのセーラーの成功は今回の大会で2つの3位と1つの2位を得た事で判ります、それはアクセスディンギーの活動が活発に行われている賜物です、アデレードセーリングクラブはレーザーや420、それにパーサーなどを含む50隻のフリートです。
9年前に西オーストラリアでセイラビリティ活動を始めたデリドレィ・シャヒンガーはオーストラリア・アクセスディンギークラス協会に加わります、また、セイラビリティS.A.の代表のジョン・ジョンソンはセイラビリティ。オーストラリア委員会の理事です。
今年大活躍した深刻な障害を持ったセーラー、ダンとアンドリューが、オーストラリアン障害者セーラーを受賞しました。



次世代の若い後継者
GEOFF
HOLT
ロイヤル・ヨット・アソシエーション・セイラビリティの副代表