東京湾NPOフォーラム


2003年3月、東京湾NPOフォーラムと言う催しがありました。
これが、横浜みなとみらいでカヤックの活動を中心にしているNPO海洋塾との出会いでした。
日本大学の海洋工学の加藤君が手伝ってくれて、ワークショップでアクセスディンギーを展示させてもらいました。
お隣のブースが海洋塾でした。
(館山市からNPO海辺のまちづくり塾が参加していました。)
其のワークショップは一日で終わりましたが、最後に、交流会と言う企画がありました。
参加出展したNPOの人達との交流が主ですが、其の時初めてNPO海洋塾の富山訓子理事長と御話をしました。
勿論この時点では、館山市の方以外の人達には、アクセスディンギーは初めてのことでした。
富山理事長は大変興味をお持ちの様子でした。
いちど海洋塾に来てもらってアクセスディンギーの事を詳しく聞きたいとの事でした。

私たちは、以前横浜八景島で体験会を行ったことがあるのですが、その後事情が重なり、体験会を継続的にすることはかないませんでした。
支援組織や、中心になってくれる方がなく、横浜での活動を再び持つことは殆ど出来ないように考えていたのです。
実際、横浜のどこでアクセスディンギーを浮かべる事が出来るのか、支援の組織は現れる公算もありませんでした、それよりも、同じ神奈川県の江ノ島での活動の基礎が出来るのかどうかと言うときでした。

しかし、世の中そんなに捨てたものではないのです。
江ノ島物語で既に書いていますが、B&G財団とリコーからの寄付それに湘南なぎさパークのアクセスディンギーで活動を始めることになり、もはや、セイラビリティジャパンの2隻のアクセスディンギーをこれ以上江ノ島においておく事に意味がなくなりました。

2隻で、新たに別の場所で活動を行う事が出来ると考えていましたが、具体的なアイデアはありませんでした。

そこにNPO海洋塾という名前が出てきたのです。
この団体ついては以前金沢八景マリーナで横浜市港湾局に体験会の許可を頂く過程で、港湾局の大島課長(当時)から、日本丸公園で活動している海洋塾について御話をされていました。

その後、横浜市で体験会を行う機会と場所がなく、接触する機会がありませんでした。







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